バイきんぐ小峠英二の高校時代!留年劇とパンク精神の原点に迫る
小峠 高校時代の破天荒なエピソードが、いま再び多くの人々を惹きつけている。鋭いシャウトと唯一無二の存在感で茶ノ間を沸かせる男の原点には、常識の枠に収まらない激動の青春が存在した。
連日のようにバラエティ番組を席巻し、お笑い界の第一線で走り続ける彼だが、語り草となっている小峠 高校時代の秘話は単なる笑い話にとどまらない。そこには現在の芸風を根底から支えるロックな生き様と、泥臭くも純粋なお笑いへの情熱が隠されている。
福岡県立東鷹高等学校で起きた留年劇の真相
小峠英二の地元・福岡県で過ごした学生時代を語る上で欠かせないのが、出身校である福岡県立東鷹高等学校での出来事だ。当時の彼は決して優等生ではなく、自身の興味があるものだけに情熱を傾ける極端な少年だった。
高校2年生の時、出席日数の不足などによって留年が確定する。周囲が落胆する中、彼はその現実を悲観するどころか、どこか己の生き方を貫いた勲章のように受け止めていたという。この留年劇こそが、後にどんな過酷なロケや無茶振りにも動じない強靱なメンタルを形成する契機となった。
音楽とパンク精神!ロックに没頭した青春の裏側
高校時代の小峠を突き動かしていた最大の原動力は、間違いなくパンク・ロックだった。ザ・ブルーハーツやSEX PISTOLSに強い衝撃を受け、革ジャンを羽織り、爆音の音楽に身を投げ出す日々。型にはまった日常への叛逆心と衝動が、彼の内にフツフツと滾っていた。
音楽への傾倒は、単なる趣味の域を超えていた。自分の声と言葉で感情を炸裂させるパンクの美学は、のちに彼が舞台上で繰り出す怒号混じりの切れ味鋭いツッコミへと昇華されていく。激動の青春期に培われた尖った感性は、間違いなく彼のお笑い芸人としてのバックボーンだ。
相方・西村瑞樹との出会いと「バイきんぐ」誕生の前夜
高校を卒業後、お笑いの道を志して大阪へ向かった小峠は、運命の歯車と出遭う。NSC(吉本総合芸能学院)の面接会場で、後に生涯の相方となる西村瑞樹と遭遇したのだ。独特の異彩を放つ二人を引き寄せたのは、奇しくも同じ空気を纏っていたからに他ならない。
1996年、二人はお笑いコンビ「バイきんぐ」を結成。だが、華々しいデビューとは程遠く、極貧の下積み生活が長らく続くこととなる。アルバイトに追われながらも、自分たちのスタイルを崩さずコントを磨き続けた日々が、二人の絆を強固なものへと変えていった。
ソニー・ミュージックアーティスツへの移籍とキングオブコント制覇
幾度もの事務所移籍を経て、彼らが辿り着いたのがソニー・ミュージックアーティスツ(SMA)だった。お笑い部門が設立されて間もない自由な環境で、バイきんぐのコントはさらなる進化を遂げる。
転機は2012年の「キングオブコント」だ。狂気じみたボケを繰り出す西村に対し、小峠が魂を削るような咆哮で突っ込む渾身のコントは、審査員と観客の度肝を抜いた。圧倒的な高得点で優勝を果たし、一夜にして芸能界のシンデレラストーリーを駆け上がったのである。
水曜日のダウンタウン、TVer、Netflixで見せる圧倒的存在感
ブレイク以降、『水曜日のダウンタウン』をはじめとする人気バラエティ番組で、小峠は欠かせない看板タレントとなった。ドッキリ企画で見せるリアクションのリアリティや、容赦ないツッコミのキレは常に話題を呼ぶ。
現在では地上波にとどまらず、TVerでの見逃し配信やNetflixのオリジナルバラエティ番組でも彼の姿を見ない日はない。デジタル時代においてもその鋭さは増すばかりで、世代を超えたファン層を獲得し続けている。
芸能界とお笑い界に刻み続ける唯一無二の足跡
高校時代の留年、長すぎた極貧下積み時代、そして頂点への躍進。小峠英二の歩んできた道は、決してスマートなものではなかった。しかし、だからこそ彼の言葉には嘘がなく、圧倒的な説得力が宿る。
どんな舞台でも己のスタイルを曲げず、全力で叫び続ける姿勢は、まさにあの福岡県立東鷹高等学校の教室でパンクに痺れていた少年そのものだ。芸能界という荒波の中で、バイきんぐ・小峠英二のロックなお笑い魂は、これからもお笑い界を熱狂させ続ける。 (出典: 小峠 高校(Yahoo!ニュース))